話題の映画『オッペンハイマー』を見てきました。いろいろな意味で疲れる作品でしたが、結論としては、見て良かった。私の率直な感想は、つぎのようなところです。
- 3時間のセリフ劇は、ちょっと疲れた
- テーマも重く、さらに疲れる
- 被爆の実態を描いていないという批判は当たらない
- 答えを出すのではなく考えさせる作品
- 主演のキリアン・マーフィが秀逸
被爆2世の私ですが、あくまでも私の感想です。被爆2世の他の方たちにもいろいろな感想があると思います
3時間のセリフ劇は疲れた
本作の上映時間は「180分」ということで、ちょうど3時間。
この時点で見るのをためらう方も多いでしょう。
かく言う私も「トイレ、大丈夫かな」とよぎったのですが、やっぱり広島人として見とかんといけんじゃろ、ということで出かけました。
結果、3時間という長さはあまり感じることなく、内容的にも間延びすることもなく、がっつり引き込まれました。
とはいえ、本作はオッペンハイマーが戦後にさまざまな嫌疑をかけられ、取り調べを受ける場面を軸に、時系列が入り乱れながら展開していきます。
その間ずっとセリフが飛び交い続けるので、3時間ほとんどずっと字幕を追っていく感じになります。
これがけっこうしんどい。
したがって、普段映画の吹き替え版は見ない主義の私も、この映画に関しては吹き替え版で見たかった、というのが正直なところです。
テーマは当然ながら重い
さらに、原爆を開発した男の苦悩を描く本作。
テーマがテーマですから、これまた疲れます。
バックに重く響き続ける弦楽器が、見る者の心を揺さぶり、不安をかき立てる。
世の称賛を浴びつつも、精神的な錯乱をきたし、女性関係も乱れていく。
混乱、悶絶、苦悩、栄光。
勧善懲悪とはほど遠い、複雑な問題提起。
当然、観賞後の“すっきり感”などありません。
ハリウッドのアクションものが好きな私には、しんどい映画です。
被爆の実態を描いていないという批判は当たらない
「被爆者が出てこない」「原爆の悲惨さが描かれていない」などの批判が当初からあるそうです。
たしかにそうだけども、そもそもがこの映画、“反戦”“反核”を明確に打ち出しているわけでもありません。
つまり、何らかの主義主張を突き付けようとはしていない。
ただ、核兵器開発に巻き込まれ、栄光と苦悩を味わうオッペンハイマーというひとを描くことに徹している。
あえて被爆の実像を見せないことで、方向性が限定されることを避けたのかもしれないと感じます。
答えを出すのではなく考えさせる作品
だから、結果的に、見る一人ひとりにいろいろと考えを巡らせる“余白”を残すことになります。
核が世界から無くなり、戦争が無くなるほうが良いのは、だれしも賛同するところでしょう。
しかし、現実に目を向けるとき、ことはそう単純ではないことも認めざるを得ません。
私はこれまで、被爆者の方たちに話を聞く機会がたくさんありました。
学校などでの講演で聞いたこともあれば、個人的に知り合った方から聞くことも多かったです。
被爆者の方々が口を揃えておっしゃるのは、
「どんなことがあっても、戦争だけはしちゃいけん」
ということです。
しかし、です。
ここからが難しいところなのですが、そうおっしゃる被爆者の方たちにも、「日本も核を持つべきだ」という核武装論者もおられるのです。
ですが、そのような“声”がメディアに取り上げられることはまずありません。
「広島はいつまで平和を売り物にしとるんか」とおっしゃる被爆者の方もおられました。
2016年5月に当時のオバマ米大統領が現職大統領としてはじめて広島の平和公園を訪れた時も、多くの広島市民が歓迎する様子が報道されましたが、一方で「謝罪もなしに何しに来るんか」と憤る声もたくさんあったのです。
メディアははじめから“ある方向”に限定して、放送(報道)を作ろうとします。
いまもあらゆるジャンルで、そのようなことが行われていると感じます。
これはとても危険なことだと、私は思います。
くり返しますが、映画で描かれるオッペンハイマーは、複雑で混沌とし、世の奔流に巻き込まれながらも“成功”し、苦悩します。
一筋縄ではいかない彼の姿は、この映画の立ち位置そのものでもあると感じます。
主演のキリアン・マーフィが秀逸
主演のキリアン・マーフィという俳優さんは、はじめて知ったのですが、素晴らしい存在感ですね。
ノーラン監督とは20年来の信頼関係といいます。
映画のなかでは若かりし頃から晩年までの幅広い年齢を演じていますが、どれも違和感がありません。
特に晩年のやつれた様子は、表情の一つひとつに引き込まれます。
本作でアカデミー賞主演男優賞を受賞したときの動画を見たときは、若々しくてとても同一人物には思えませんでした。
これからも楽しみな俳優さんです。
まとめ
つらつらと書いてきましたが、やはりこの映画はおすすめしたい映画です。
「いいですよ!」というのではなく、「見ておくといい」という感じ。
いまの時代は、物が溢れ、進歩し、数十年前よりも間違いなく便利にはなっています。
しかし、だからと言って、人間がより賢くなっているかというと・・・大いに疑問です。
むしろ、政治はますます腐敗し、メディアはますます統制され、人心はかんたんに一方向になびく時代。
抗いがたい世の流れに巻き込まれた男の栄光と苦悩を知っておくことは、いまだからこそ意味があると言えるかもしれません。
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